親鸞の生涯 関東編
1214年(四二歳)
新しい布教の地を求めて、親鸞⼀家、常陸(現・茨城県)に移る。
途中上野国佐貫庄で、農⺠への現世利益のために三部経千部読もうとする。
道元(⼀五歳)⽐叡⼭を出て栄⻄の⾨に⼊る。
1215年(四三歳)
栄⻄没(七五歳)。
1216年(四四歳)
この頃から、「教⾏信証」の著述に着⼿。親鸞、⼭伏との論戦盛ん。念仏の布教進む。
1222年(五〇歳)
⽇蓮誕⽣。
1224年(五二歳)
娘・覚信、⽣まれる。
1227年(五五歳)
関東に念仏が広まり、領家・地頭・名主による念仏の妨害が増える。本願ぼこりの活動盛ん。
1230年(五八歳)
「唯信鈔」を書写。
1231年(五九歳)
四⽉、親鸞、⾵邪でたおれ、衆⽣利益のために三部経千部読誦と⾔う念仏者に禁じられた⾏為を⾏う。
1235年(六三歳)
京都の善鸞に如信、⽣まれる。
領家・地頭・名主による念仏の弾圧激化。
親鸞⼀家、念仏の縁尽きた関東を去り、京都に帰る。